バガモヨポレポレ通信

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ザンビア旅行①~タンザニア脱出!~

この2年間の間で、きっと行くことはないだろうなあと思っていた任国外旅行。
任地に引きこもってばかりで、タンザニア国内でもごく一部の地域しか行っていないし(しかも同じところばかり)、興味はあるけど、行けないかなとずっと思っていたのですが、イースター休みの時期に合わせ、ついに国外へ!行ってまいりました。
行き先はお隣の国ザンビアです。

タンザニアから任国外旅行ができる国は決められているのですが、その中でもザンビアかエチオピアに行ってみたいと思っていて、どっちにしようか迷った末、ザンビアへ行くことに。
決め手は、世界三大瀑布の一つであるビクトリアフォールを見てみたい!という気持ちが強かったため。さらに、雨季以降の水量の多い時期に限り、満月とその前後1日ずつの計3日間だけ、ルナレインボーと呼ばれる月明かりに照らし出される虹を見ることができると聞いたためでした。

満月と虹…なんて幻想的な響きでしょう。

イースターといえばまさに満月の直後の祝日なので、それに合わせれば休暇も取りやすいはず。
これは行くしかない!ということで、その時期にザンビア旅行を計画していた同期隊員に乗っかる形で初めての任国外旅行へ行くこととなりました。

行くと決めたものの、ほとんど旅の計画はまかせっきりで、自分が行くところがどんなところなのか、どこへ泊まり、何をするのか、ほとんどわかっていない状態で出発。
何も考えず、服装も任地で過ごしているものと変わらず行ってしまったため、ザンビアの首都ルサカが意外に涼しかったり、移動の長距離バスが冷房効きすぎて死ぬほど寒かったりする中、半袖にカンガ一枚を巻きつけた格好で寒さをしのぐ羽目に。
完全に自業自得です。

さて、今回の日程は、首都のルサカで1泊、滝のあるリビングストンで3泊、ここで他のメンバーと別れ一足先にルサカに戻ってまた1泊してからタンザニアへ帰国、という予定。
自分の目的としては、1.滝を見る。2.マイクロライトで空から滝を眺める。3.ルナレインボーを見る、の3つ。これさえクリアすれば大満足。
あ、あとはザンビアの主食シマを食べること。うわさでは、ウガリの柔らかい版、とのことだったので、実際どんなものか食べてみたいなあと思っていたのです。

ザンビアへはタンザニアから飛行機に乗って2時間ほどで到着。本当はタザラ鉄道で行きたかったのですが、時間がかかりすぎるのとスケジュールが合わないのとで、今回は断念しました。

ザンビアの印象は、首都のルサカと観光地のリビングストンしか見ていないのでそれだけでは判断できないのですが、ルサカはダルよりも都会っぽく洗練されているかんじ。というか大きいショッピングセンターがいくつもあってびっくりでした。その中でも大きなショッピングモールに行ってみたのですが、日本のモールと比べても遜色ない感じで、おしゃれなお店やカフェなどが入っていました。
ちなみにそこのスーパーマーケットに、日本の土鍋が売られていてまたびっくり。値札のところにはちゃんと「DONABE」と書いてありました。買う人がいるんでしょうかね。

それから、ザンビアの人たちはタンザニア人に比べて、うるさくない(笑)。
客引きもそれほどヒドくないし、タンザニアでは道ですれ違うだけで色々声をかけられたりするけど、それもあまりない感じ。
逆にこちらが思わず「マンボ!」とか声をかけたくなるのを、なんとか我慢していたほどです。
見た目が同じなのに、スワヒリ語が通じないというのが何とももどかしく感じました。

②へつづく。

試験監督

今日いつものように図書館で仕事をしていると、一人の先生がやってきて、「今クラスでテストやってるんだけど、ちょっと用事があって事務所に行かないといけないから、代わりに監督しててくれない?」と頼んできました。
これまでも試験監督をしてみない?と冗談半分で言われることはありましたが、自分は教員ではないし、図書館の仕事もあるからと断っていました。
同僚の図書館スタッフは、人手が足りないときに試験監督に駆り出されるときがあり、今回もその先生は彼に頼みに来たのですが、「自分は行きたくないからエリに頼め」と断られたため私のところに言ってきたようでした。

「ちょっと事務所に行くだけだから。立って見ててくれるだけでいいから」と半ば強引に教室まで連れて行かれたところ、20人弱の生徒たちが黙々とテストを受けていました。
とりあえず教室の前に立って、解答用紙が足りなくなった生徒がいたら渡すだけでいいから、と言い残しその先生は教室を去って行き、なんだかよくわからないまま不安な面持ちでその場に残されてしまいました。
とにかく、その先生が帰ってくるまでの辛抱だと、その場に立ち尽くしていると、しばらくして一人の生徒がコンコンと机を叩き合図を送ってくるので、そちらに行ってみると、「定規が欲しい」とのこと。
どこに置いてあるのだろうとキョロキョロしていると、その生徒が、近くの席の生徒のところから持ってこいと指をさすので、恐る恐るその席に行き、定規貸してもらえる?と聞くと、あっさり頷いて渡してくれました。
どうやら試験中の物の貸し借りは当たり前のことのようで、その後も何人もの生徒から、「定規とって」「あの席から鉛筆借りてきて」「消しゴミほしいんだけど」というような指示が飛んできて、そのたびに教室の中をあちこち動き回っていました。

すぐ戻ってくるからと言っていたはずの先生はなかなか帰ってこず、結局1時間ほど監督を続け、何度か「この問題の意味が分からない」というような質問も受け、そのたびに「私も分かりません」と答える羽目に。
この英語をスワヒリ語にすると何?と聞かれても、そんな専門用語わからないし。
とにかく、先生が戻ってくるからそれまで待って、としか言えませんでした。
とりあえずいつどこから合図が届いても分かるように、教室を眺めわたし、生徒たちの様子を見ていました。

そうやって見ていると、この生徒は集中力がなくなっちゃってるな、とか、この生徒はしっかり考えてるな、というのがよくわかるもので、集中している生徒は、手が止まっているときでも一点を見つめて頭の中で文章を組み立てているようなのですが、できなくなっている生徒は、あちこち目が泳いだり、ぼ~っと外を眺めたり、あくびをしたり…。
完全に手が止まってしまい書けなくなってしまっている生徒もいて、思わず、白紙で出すより何か書いた方がいいよ~と心の中でエールを送ってしまいました。

残り時間があと30分くらいとなり、生徒も私も、早く先生帰ってきてくれないかなと思い始めたころ、ようやくその先生が現れたので、ほっとして図書館に戻ることができました。

その後しばらくしてテストを受けていた生徒たちが図書館に来たときに、「テストはどうだった?」と聞いてみると、「あれはダメだよ!」とのこと。
どうして?と聞くと、なぜか「エリがシリアスすぎるだもん」との答えが。
シリアスすぎるってどういうことだろう?
もうちょっと笑顔でも振りまいていた方が良かったのだろうか?
と頭の中でクエスチョンマークが浮かんでしまったのですが、その後から来た私より年配の生徒が、「エリの監督はとてもよかった!」と今度はとても褒めてくれたので理由を聞いてみると、「エリがしっかり生徒の様子を注意してみてたから、誰もカンニングとか悪いことできなかったんだよ」とのこと。
なるほど、そういうことか!

よく教員をしているほかの隊員から、タンザニアの学校はカンニングが多い、という話を聞いていたのですが、今日は人数も少ないし、カンニングできるような感じじゃないな、とも思いながら、どんなふうに監督していいのかもわからず、とりあえず教室の真ん前に立ってひたすら教室内を眺めまわしていただけだったのですが、どうやらそれが、生徒たちには「厳しく監視されている」と感じられたようです。
逆に言えば、他の先生たちはそんな風に監督してないのだろうか?という疑問も。

教員でもない自分が試験監督をするという機会はめったになく、なかなか面白い体験ができました。
でも結構気を使うし、ずっと立ってると疲れるから、できればもうやらずに済んだらいいな、とも思います。
試験期になるたびに毎日何時間も監督をしている先生方、隊員のみんな、お疲れ様です!!

Siku ya wanawake duniani(国際女性デー)

先週の木曜日の夕方、近所を歩いていたらママたちがぞろぞろと集まっていたので、どうしたの?と聞いてみると、「明日の国際女性デーの祝賀会で出し物をするから、その練習よ」とのこと。3月8日がそんな日だったとは恥ずかしながら知りませんでした。
せっかくなので、ママたちの練習風景を写真に撮らせてもらいました。
練習風景

歌を3曲くらいと、国際女性デーにちなんだ宣言のようなもの?と、寸劇をするらしく、20代~50代くらいの女性たちが20名ほど集まり、みんなでワイワイと意見を言い合いながら、練習している風景はなかなか興味深いものでした。わたしが写真を撮っていると、「明日朝10時から始まるからあなたも来なさい」とのお誘いをいただいたので、翌日も覗いてみることにしました。

国際女性デー当日、さすがに10時からは仕事もあるので行きづらく、お昼から行くことにしたのですが、午前中に図書館にやって来た生徒たちの何人もから、「今日は女性の日でしょ?パーティ行かないの?」とか、「国際女性デーおめでとう」とか言われ、タンザニアでこんなにも認知された記念日であるということを知って驚くとともに、日本でもあちこちでイベントはあるのかもしれないけど、一般的にはあまり浸透してないんだなあということを今更ながら実感しました。
タンザニアでは、男子に比べ女子の就学率が悪かったり、女性が男性より地位が低く扱われることもあるので、女性の地位向上の意識を高めるためにも、こうやってアピールすることは大事なのだろうなと思います。

さて、今回の祝賀会会場は、学校の敷地内だったため、12時頃図書館を出て様子を見に行ってみました。するとなんと、まだ祝賀会は始まってもなくそこからさらに1時間ほど待たされる羽目に。どうやら、来賓の方々が全然来ないための待ちぼうけのようでしたが、午後1時になり、来賓のごく一部が集まったところで祝賀会開始となりました。急きょカメラ係に任命された私は、ママたちや来賓をカメラに収めるべく、会場内をうろうろと歩き回っていました。
ママたちが出し物の歌を歌い始めたころ、残りの来賓たちもやっと到着。その後来賓の方々の挨拶やスピーチ、ママたちが新しく立ち上げた女性団体の規約を来賓でもあるオフィサーに手渡すセレモニーなどがあった後、昨日の練習でも見た寸劇がありました。驚いたことに寸劇では昨日の練習の時にはいなかった登場人物が増えていたり、配役が代わっていたりしていたのですが、ママたちは堂々と演じ切っていました。おそらくセリフとかもほとんどアドリブなのだとは思いますが、みんな芸達者で笑い声も起きていました。ちなみに内容は、成功する商売のコツについて、というものでした。
劇の様子
こちらが劇の様子。主賓に向かって見せているところで、後ろ側から出演者以外のママたちが観劇中。

3時頃に食事が出た後祝賀会は終了し、来賓の方々は帰って行かれたのですが、ママたちのイベントはまだまだ終わりません。その後何と、ママチームVS配属先の学校の女子生徒チームによるサッカー試合が開かれたのです。
ママチームと言ってもほとんど学校関係者ということもあり、みんな興味津々で観客も集まってきていました。
普段は教壇で授業を教えているマダムや食堂でご飯を作っているママ、売店で働いているママたちが大きな体を揺らしながら一生懸命ボールを追いかける姿にみんな大笑いしながらも拍手喝采で、終始賑やかなゲームとなりました。
サッカー1

サッカー2

試合の途中には、走り疲れて座り込んでしまうママの姿も見られましたが、結果はなんとママチームの勝利!!
大喜びのママたちは、歌ったり踊ったりしながら元気よく行進していました。
おそらくママたちはその後祝杯を挙げに行ったと思われますが、もう夜の7時頃になっていたので、私は家に戻ることにしました。

この日は、ママたちの圧倒的なパワーを見せつけられた一日となりました。
ママたちすごーい!!というセリフを何度口にしたことか。

明るくて陽気でパワフルなママたちがいるかぎり、タンザニアの未来は明るい!と感じた国際女性デーでした。

またまた動物サファリ~ンゴロンゴロ・セレンゲティ編~

遊んでばっかり、しかも動物サファリばっかりしてると思われるかもしれませんが…。
キリマンジャロから下りてきた次の日に、モシの町からアルーシャへ移動し、そのまた翌日から、通算4度目となる動物サファリへ行ってきました。
自分でもまさかこんなに動物を見に行くことになるとは夢にも思わず。しかもンゴロンゴロに行くのはこれで3回目(笑)。

もともとは、1月に日本から友人が遊びに来るという話になり、ぜひ動物サファリに行きたいということで計画を立てていたのですが、結局その友人は事情により来れなくなってしまい、でも旅行のプランは立てて見積もりも出してもらっていたし、なにより計画しているうちにすっかり行く気になっていたため、せっかくだから行ってしまおうと、隊員仲間と2人で行くことになったのでした。
特に今回は、タンザニアで最大規模のセレンゲティ国立公園に行くということ、しかもこの時期はケニア側にいたヌーたちがこちら側に大移動してくるらしいということと、出産ラッシュの時期でもあるらしいということを聞いていたため、とても楽しみにしていました。

朝8時にアルーシャの町を出発し、まずンゴロンゴロ動物保護区を目指しました。到着したのはお昼頃。ゲートに入って山道をぐんぐんと登って行き、ンゴロンゴロのクレーター内が一望できるスポットへ。ここからクレーターの内部を目にした途端、「以前来た時と景色が全然違う」とびっくり。以前来たときは2回とも乾期で、クレーター内は灰色がかって荒涼とした雰囲気で、まるで別の惑星に来てしまったかのような不思議な空気を醸し出していたのですが、今回は雨季の後ということもあり、一面の草原で、柔らかな緑色の明るい世界へと変貌していました。

以前はこんな感じ。
乾期のンゴロンゴロ1

乾期のンゴロンゴロ2

そして今回。
雨期のンゴロンゴロ1

雨期のンゴロンゴロ2

そこで見る動物たちも以前とは違った風に見え、正直3回も同じところいったら飽きるかなと思っていたのですが、その予想を裏切り、今回も最初のときと同じくらいワクワクしながらサファリを過ごすことができました。

まず、展望スポットからクレーターに向かうためにしばらく走ったところでいきなりヒョウに遭遇。「こんなところでヒョウに出会うのは珍しい!」とドライバーさんも大興奮。幸先の良いスタートとなりました。

そしてこの日はライオンデーだね!と言い合うくらい、ライオンに遭遇。あっちでもこっちでもライオンたちがごろ~んと寝ていたのでした。
昼寝するライオンたち 寝るライオン

至近距離でくつろいでいるライオンの姿を、カメラでパシャパシャと撮りまくっていたら、そのうちの一頭と目が合ってしまい、そしたらなんと、そのライオンがのっそりと立ち上がってこちらに来るじゃありませんか。わわわっと思ってると、車のすぐわきにぴったりくっついてしまいました。窓を開けていたのでそれをソロソロと閉め、息をひそめながら観察。ドキドキのひとときでした。
目が合った

その後もたくさんの動物を見、夕方には宿泊予定のロッジへ。小ぢんまりした居心地の良いロッジで、部屋に入ってベランダに出た途端、ロッジの庭にゾウがいるのを発見。そのほかにもウォーターバックも遊びに来ていました。レストランには暖炉があったり、部屋にも薪ストーブが置いてあったり、すっかり気に入ってしまいました。

翌日はセレンゲティに向けて出発。
クレーター内という限られた空間に様々な動物がいるンゴロンゴロとは違い、マサイ語で「果てしない草原」という意味を持つセレンゲティ国立公園は、その名の通り、地平線の彼方まで広がる広大な土地で、動物に出会うためにはひたすら車を走らせていかなければなりません。
セレンゲティ

それでも、あちらこちらに動物のを見かけることができ、インパラ、ガゼル、ディクディク、バッファロー、ゾウ、キリン、ハイエナ、ジャッカル、ライオン、カバ、ワニ、などそのほかにもたくさんの動物の姿が見られ、さらにこの日は木の上に登っているヒョウを3頭も見ることができました。
キリン ゾウの群れ 

この日の宿はテントロッジだったのですが、テントはテントでも、寝袋を使っていたキリマンジャロ登山とは違い、ベッドはもちろんのこと、シャワー・トイレも完備されていました。お湯は頼むとバケツに汲んできてくれ、それをテントの外につるしてある入れ物に入れて、シャワーを使うときに内側からひもを引っ張ると、お湯が出てくるという仕掛け。夜には、テントのすぐ目の前にゾウの群れがやってくるなど、自然を満喫できる素敵なロッジでした。(ゾウにテントを潰されるんじゃないかとちょっとドキドキしたけど。)

3日目はセレンゲティからンゴロンゴロの方に戻る途中にある、ンドゥトゥエリアという場所へ向かいました。ここは今回一番楽しみにしていた場所でもあります。それは、この時期になるとヌーが出産のためにこのエリアに移動してくるということを聞いていたからです。行ってみると確かに、ヌーたちが長い行列を作って移動している姿を目の前で見ることができました。ヌーと行動を共にしているシマウマたちの姿も多くみられ、その数に圧倒されつつ、じっくりと観察することができました。
ヌーの群れ

ヌーの群れ2

またこのエリアは、国立公園内ではないためか、道からそれて動物のすぐそばまで近づくこともできるようで、他の場所とはまたちょっと一味違うサファリドライブを楽しむことができました。
最後の最後に、チーターがいるらしいという情報が入り、しばらく探し回ったのですが、残念ながら今回は出会えませんでした。

それでもこの3日間数えきれないほどの動物に出会え、大・大・大満足のサファリとなりました!

Mlima Kilimanjaro

タンザニアに来る前のこと。隊員OBの方から、タンザニアに行ったらぜひこれはしたほうがいいよ、といただいたアドバイスのうちの1つが、「キリマンジャロ登山」でした。それもあってか、心のどこかにキリマンジャロの文字が刻まれていたのですが、登山の経験が少ないことや体力に自信がないこと、また、登った人たちから「大変だったよ~」という感想や、高山病の症状の話を聞いたりしたことで、なかなか踏ん切りがつかずにいました。そもそも標高3776mの富士山にも登ったことがないのに、5895mもの高さのある山が果たして登れるだろうか…という思いがありました。

それが、11月くらいからだったか、「キリマンジャロ行っちゃう?」という会話が始まり、それがそのままの勢いで、「行っちゃおう、行っちゃおう!」となり、気付けば、文系女子(?)4人でキリマンジャロ登山に挑戦することが決まったのでした。
「とりあえず、行けるところまで行こう」という、ユルい感じで結成されたグループでしたが、ついに1月8日、5泊6日のキリマンジャロトレッキングが開始されました。
年末から年始にかけ、他の隊員グループも結構登山をしているようでしたが、その中でも私たちのグループは周りからも心配されていたようで、先に下山をしてきた隊員たちから、出発前に様々なアドバイスをもらったり、装備のチェックをされたり。みんな心配してくれてありがとう!
ゲストハウスからの眺め
こちらは登山前日に宿泊したゲストハウスから望むキリマンジャロの雄姿。本当にあそこまで行くんだろうかと、まったく実感のないままの出発でした。

さて、今回私たちが選んだルートは、一般的にはマイナーだけど、最近隊員内で脚光を浴び始めた(?)ロンガイルートでした。選んだ理由としては、①行きと帰りでルートが違うため、違う景色を楽しめる。②景色がいいらしい。③比較的難易度が低い。④雨が少ない。など。そして、この選択は結果的に大正解!でした。
一緒に登るのは私たち4人のほかに、メインガイド1名、アシスタントガイド2名、コック1名、ポーター12名の計16名。ポーターたちは、テントや食料、調理器具、その他の荷物を運ばなければならないため、これだけの大所帯になるのです。
一方で登山客の私たちが持つ荷物は、水、カメラ、雨具、防寒具、携帯食、などでそれ以外はポーターに預けて運んでもらうことに。

標高1990mにある登山ゲートでお昼ご飯を食べた後、いよいよ登山開始。ガイドを先頭に、一列に並んでゆっくりとした足取りで登って行きます。まずは植林地帯が続き、整然と並んだ木々の間を歩いて行きます。その林を抜けてしばらく行くと、今度は原生林に入ります。自然のままの木々が生い茂っている中を、少し湿った空気を感じたり、近くを流れる川の音に耳をすませながら歩いて行くのはなかなか気持ちの良いものでした。森の後は低木が続く地帯になり…とキリマンジャロの植生を楽しみながら4時間ほど歩いて行くと、初日のキャンプ地(2625m)に到着。到着してみるとすでにテントが組み立てられ、お茶やポップコーンなども用意されていました。まさにいたれりつくせりです。お茶を飲んだりしながらのんびりしているとそのうち夕食の時間になり、ご飯が運ばれてきます。標高が上がって肌寒さを感じるようになり、そんなときに温かいスープが出てくると、それだけで幸せな気持ちになりました。

食事の後は、メインガイドと翌日の打ち合わせ。このロンガイルートは、途中で2つのルートに分かれていて、1つはまっすぐキボハット(4700m)まで目指していくため1日の行程が短く、どちらかというと楽なコース、もう1つは途中にあるマウェンジ峰の方から周って行くため、行程が長くなり、少しハードになるコースだそうです。相談した結果、天気も心配だし、余裕を持って最終アタックを迎えたいということで、我々はお気楽コースをチョイス。個人的には、初日の4時間だけでも疲れていたのに、1日7時間とか8時間歩くのはキビシイというのが正直な気持ちでした。
そして夜は4人でトランプの大富豪で盛り上がり、これがこの日から3日間の恒例行事となりました。

翌日から、キボハットに到着するまでのあいだ、朝ごはん後に出発し、昼過ぎに次のキャンプ地に到着し、お昼ご飯を食べたらあとは休憩、というとてものんびりとした日程が続きました。天気も良く、青い空にキボ峰やマウェンジ峰がくっきりと映え、毎日気持ちよく歩くことができました。
キリマンジャロとポーターの後ろ姿

標高3000mでジャンプ!
標高3000m地点では、まだまだこんなことしている余裕も。

それでも徐々に高度が上がって行くと呼吸が浅くなったり、寝起きなどに軽い頭痛を感じるようになり、高山病にならないためにも、できるだけ意識して深呼吸をしてみたり、とにかくゆっくりゆっくり歩くことを心がけていました。そうやってのろのろと歩いて行く私たちを、ポーターたちは、重たい荷物を担ぎながら、ひょいひょいと抜き去って行きます。足場の悪い山道でも軽々と登って行く様子に、さすがだなあとひたすら感心してしまいました。さらに驚いたのは、ロンガイルートは他のルートよりも楽なため、女性のポーターもいたことです。私たちのグループではありませんでしたが、別のグループで、女性のポーターが同じように大きな荷物を頭に載せて歩いている姿を見かけ、男性に負けないその逞しさに尊敬の念を送らずにはいられませんでした。
もうすぐキボハット

4日目のお昼頃キボハットに到着。いよいよ今夜が最終アタックです。早めの夕食の後仮眠をとり、夜中の12時から頂上を目指し出発!キボハットに着いたころから腹痛が始まり、かなり不安な状態での最終アタックとなりました。これまでは、高度に慣れるため数日かけてゆっくり登っていましたが、ここからは一気に頂上まで目指します。斜面も今までより急なものになり、酸素も薄く、呼吸が浅くなっていきます。前方を見ると、真っ暗闇の中を登山者たちのヘッドライトが星のように光りながら連なっているのが見えました。登っている間にも、腹痛の波が何度も襲ってきます。5000mまで来たときに、もうそろそろリタイアしてしまおうか、という思いが頭をよぎりました。ペースが遅れだしたため、ガイドが1人ついてくれていましたが、彼にもお腹が痛いと訴えつつ、何度も何度も休憩をしながら、もう少しだけ、もう少しだけど登り続けていました。腹痛が止んでいるときは睡魔が襲ってくるため、気がつくと半分眠りながら歩いていたり。

もうすぐで、5681mのギルマンズポイントに着くというころに、朝日が差してきたので、そこで日の出を眺めることにしました。オレンジ色の暖かい光が、白い絨毯のように広がる雲海の向こうから上がってきて、疲れ果て、冷え切った心と体をじんわりと温めてくれるようでした。
sunrise

その後最後の力を振り絞り、ギルマンズポイントに到着。ここが私にとっての頂上ということになりました。本来の頂上であるウフルピークまで行けないのは残念でしたが、今の自分の力ではここまでということ。そこからは、7時間くらいかけて登ってきた道を、一気に滑り降りるように、2時間ほどで下って行くことに。キボハットにたどり着いたときはへとへとでしたが、ポーターたちが笑顔で出迎えてくれ、「よくがんばったね」と言ってくれたのがとても嬉しかったです。そしてそこで飲んだフルーツジュースの美味しかったこと!生き返るような思いでした。
その後休憩しながら頂上に向かったほかのメンバーを待ち、昼食をとってからホロンボハット(3700m)に向かいました。そこまでが約4時間くらい。ひたすら歩きどうしの1日でした。
その日の夜、寝袋に入りこんだ途端に、今までにないくらい深い眠りについたことは言うまでもありません。

次の日はいよいよ下山。ひたすら山道を下って行きます。登りもきつかったけど、下りもきつい。というか下りの方がきついかも?ようやく登山ゲートに到着したときには、もう足ががくがくで、これ以上歩けない!という感じでした。それでもやっと山を下りてきてホッとしたのと同時に、キリマンジャロ登山が終わってしまったことがちょっぴり残念な気もしました。それは、この数日間が思っていた以上に楽しいものだったからです。気心の知れた仲間たちとキャンプをし、雄大な景色を眺め、清々しい山の空気を吸い…それら体験したことのすべてが新鮮で、ワクワクに満ちていました。
それと同時に、登頂ができなかった、ということも心残りの一つでした。もともと無理はしないつもりで登ってはいましたが、心のどこかでは登頂したいと思っていて、でも結局それができなかったことが、なんとも悔しいのです。
じゃあ、もう一度挑戦してみる?と聞かれたら、最終アタックのつらさを思い出し、きっと躊躇してしまうと思いますが。

こんなふうにして、今回のキリマンジャロ登山は終了しました。
最後までは登れなかったけど、挑戦してみてよかった!と心から思っています。

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